花魁とは


花魁(おいらん)は江戸時代の遊女の位の高い人というくらいしかイメージがわかないといった方は多いと思います。
外国人にとっては、舞妓さんと花魁の違いも分からないくらいで、
派手な方が花魁、今も存在するのが舞妓さんと思われているかもしれません。

花魁は昔の位の高い遊女で会ったことには間違いありませんが、
そもそも「花魁」という言葉は18世紀の半ば以降からしか使われていません。
もともと江戸時代の遊女屋で働く女郎で、格上の「太夫(たゆう)」と呼ばれていた女郎のことを、
見習でついていた少女が「おいらんちの姉さん」と呼んだことが「花魁(おいらん)」の起源だといわれています。
又、一説には尻尾を使って人をだます狐や 狸と違い、手練手管(てれんてくだ)で客をだますことから「尾がいらない」
つまり、「おいらん」となったという説もあります。

京都や大阪でも最高位の遊女のことを「太夫」と呼んでいましたが、
吉原で高級遊女を「花魁」と呼ぶのが一般的になるにつれて、全国的に「太夫」は「花魁」に変わっていきました。
ちなみに「花魁」のもととなった「太夫」のその前の名前は「傾城(けいせい)」と呼ばれており、
「城が傾くほどお金がかかる高級遊女」という意味です。
しかし、さらにその「傾城」のもとをたどると中国の歴史に残る四大美人からきており、
「城の主が色に溺れて城が傾くほど入れあげる美人」ということで世界三大美人である楊貴妃もその中に入っています。

花魁は一流の高級遊女 なので、ただ美しいだけではなく、15歳くらいまでの間に舞踊、和歌、書道、茶道、華道、
はもちろんのこと、三味線や囲碁など、ありとあらゆる教養、芸事を仕込まれていました。
さらには言葉遣いにも様々な定めがあったとされています。
こういった教養と美貌を合わせ待った一握りの遊女しか花魁にはなれなかったのです。
今でいうハリウッド女優やスーパーモデルのような、別格な存在だったのです。

こうした歴史背景のある花魁姿を現代風にアレンジした花魁体験をお楽しみください。